早い時期からこのページを作る構想は練っていたのだが、ついつい後回しになっていた。そしてページができあがるより先にダヤンが逝ってしまった。
”私の家にいるダヤンは、今はのんびり平和に過ごしているけれど、”
この文は以前に書いておいた最初の出だしの部分、もうずいぶん前、まだまだダヤンが平和に暮らしている時のもの。
この頃は平和だったんだなぁと今更ながらに思う。
この後、ダヤンの生活はずいぶんと変わってしまった。
仔猫(サンタ)が増え、一緒の部屋にしていたためかなりのストレスをかけていたようだ。しかしそのことに私はずいぶん長い間気が付かなかった。
そして同じ頃、私は結婚し、自分の事で精一杯であまりきちんと面倒をみれなかった。加えて、小型犬(チャ)が家にやってきてダヤンの事をかなり追い回していた。ダヤンは常に犬から逃げ、高いところから動かないような状態だった。ひどいストレスだったに違いない、外には出さないようにしていたので逃げ場は高いところしかなかったのだから。
それでも、その状態に気が付いてあげることができず、体調が悪くなって初めて病院にいった。腎不全だった。体重は3kgだったのが最後には1.5kgにまで落ちてしまい、高いところに上るのも苦労するようになったいた。
その後、ちょっと持ち直したり、悪くなったりを繰り返していたが、最後は私の気が付くのが遅かった。もっと早くに気が付いていれば間に合ったかも、と思う。それよりも、もっと早い時期に ダヤンの受けているストレスに気が付いていれば、こんなに早く状態が悪くなるのを防げたと思う。ネコの腎不全はストレスが少ない飼い方をすればかなり長生きできるそうだ。
ダヤンはとても良いネコだった。初めてネコを飼う私にも非常に飼いやすいお利口なネコ。
抱っこされるのが大好きで、どんな人にもすぐに懐き、すごくおしゃべりなネコだった。お腹がすいた、トイレが汚い、ドアをあけて、水が入ってない、布団に入れて、抱っこして、と自分の気持ちを「にゃーん」とか「なぉ」とか「なー」という鳴き声で表現した。
手先も器用で、ドアを開けたり(引き戸を右から左に開けるだけしかできないけど)、寝てる顔をそっと触って起こしたり、高いところに登ってもけっして置いてある物は落とすことなく上手に歩いた。
すごくきれいなグリーンの目をくりくりさせて、台所から魚をドロボーしたり、隙を見て外に脱走したり、ちょっとは悪さもしたけどほとんど手の掛からないお利口なネコだった。
いなくなって初めて家族だったんだなぁと実感した…。
自分がペットロスになるなんて思っていなかったけど、いなくなって初めてその存在の大きさに気が付くということもある。
こんなに後悔するものだったとは。もっと抱っこしてやればよかった、もっとかわいがってやればよかった、好きな魚はもっとあげれば良かった、もっと…。何日たってもその思いはなくならない。
死んでしまうのがつらいから、もう生き物は飼わないと言う人がいるが、私はそうは思わない。ダヤンはほんとに沢山の幸せをくれたから、「ありがとう」と言っても言っても足りないぐらいの。
そして沢山の事を教えてくれた、ネコを飼うことの楽しさ、世話をするという事の責任と自分の力不足。私は一度に沢山の動物を世話できる人間ではないことがよくわかった。自分の仕事、家事、他の犬猫の世話、全部きちんとできると思っていたけど、そんなにスーパーマンではないということをダヤンが教えてくれた。
他の事に目を向ける事も大事だけど、まずは自分の家族を大事にしなければいけないのだと気が付いた。
今までダヤンの事、かわいがって下さった方、どうもありがとうございました。
みんなにかわいがられて、ダヤンは幸せなネコだったと思います。